島田正路の言霊:言霊と古事記②

 このようにして次々に宇宙が剖判して生まれてくる神々すなわち意識のそれぞれの根源要素に五十音を当てはめてゆき、母音・半母音・父韻・親音・子音と言霊ンを確認しました。全部で五十音です。
 高御産巣日と神産巣日とは高御産巣日の方の頭にタの一字がある以外は同一です。タとは田んぼのことで、人は田を耕して米をつくります。精神的には言葉の田である五十音言霊図を耕して、結合した物事の名前を作っていくことすなわち文明創造の主体行動を意味します。アである吾の側に創造主体があり、ワである汝の側はあくまで主体の呼びかけに応えるだけて受身の立場です。ですからタカミムスビに対してタがないカミムスビなのです。
 三十一文字の和歌の道のことを、昔、言の葉の誠の道、または敷島の道と申しました。敷島とはもと五十城島と書きました。五十音が住む城の意味で、少なくとも古今集までの時代には、言霊の原理は伝統として世に知られており、和歌の道とは情感を三十一文字に表現しながら、同時に言霊の原理をその中に織り込むことによって実際に言霊を体得する修行の方法の一つであったのです。
 奈良時代にはまだ社会的に完全には埋もれてはいなかった言霊五十音の意義を後世に残そうとして制定された書が古事記です。言霊の一つひとつの生命全体に占める位置・意味・機能等々を、後世、それを指月の指として自己の内面を顧慮するならば、明らかに言霊五十音に到達できるように、その時代、人口に膾炙されていた神名、人名を抜き出して神話の形で構成して書き残したのが古事記神代の巻なのです。
 言霊ウの意味を把握した時、古事記の天の御中主の神という神名はその実態を何とよく示していることかと驚かされます。古事記を書いた太安萬侶という人は確かに言霊の原理を知っていたのだなあとつくづく思われるのです。その他、時がくれば言霊の音の一つひとつが明らかに解けるように、古事記の神名と言霊とを照合し易いように、和歌の道の奥義書となるものが皇室の中に秘蔵されたのです。その場所を賢所と申します。文字通り世界中で最も賢い所であったわけです。
 昭和二十年の第二次世界大戦の敗戦まで、日本天皇の皇統の証明物として三種の神器が尊ばれていました。八咫の鏡・八尺の勾珠・草薙の剣です。この三種の神器を持っている人が正統の天皇であるということで、ある時代にはこの神器の帰属をめぐって戦いがありました。またその神器の真偽の論争が起こったこともありました。けれども言霊の原理の立場から考えますと、三種の神器についての争いなどまことに笑止のことに思われます。なぜなら神器とは物質的器物です。器物とは精神的原理の表徴物に他なりません。大昔には哲学的概念の言葉がありませんでしたので精神的なものは器物で表徴しました。鏡とは言霊エを主眼とした理想的精神構造の図すなわち先に述べた天津太祝詞音図のことです。この音図に照らし合わせれば、すべての人間行為の善悪・可否は正確に判断されます。
 勾珠とは言霊五十音をひとつ一つ粘土板に書いて焼いた の形を連ねたネックレスのこと。この五十の要素以外に精神宇宙には何もないことを示しています。剣とは縦に空間をアイウエオの五次元に、横に時間カサタナハマヤラと八つの展相に断ち切って判断する精神判断力のことに他なりません。縦に五つの次元を切ると、この人はどの次元にたって行動を起こしているかが判ります。五つに〝分ける〟から〝分かる〟のです。横に八父韻の相を判別すると、その人は目的に向かって正しい手順を踏んで物事を進めているかどうかが明瞭に分かります。この精神的審判の理想構造と、それを構成している五十音の要素の認識と、それによる精神の明確な判断力を持っていることが為政者の、大昔にあっては天皇としての、資格であったわけです。日本書紀に「是の時に天照大神手に宝鏡を持ちたまひて、…『吾が児、此宝鏡を視まさむこと、当に吾を見るがごとくすべし。与に床を同くし殿を共にして、斎鏡とすべし』とのたまふ」とあります。
 このことから推察して日本の大昔に言霊の原理に則り政治が行われ平和な精神文化の花が咲いていた時代があったことが推察されます。
 「床を同くし殿を共にして斎鏡とする」ことを鏡と天皇との同床共殿の政治といって、言霊原理が実際に政治に生きていたことを物語っています。
 現代人の大きな迷信の一つをご存じでしょうか。それは現在の物質文明の繁栄に酔うのあまり、その物質文明の未発達であった大昔が野蛮時代であったと思い込んでいることです。確かに数千年以前には今のごとき物質機械文明は存在しなかったでありましょう。けれども精神の分野においては、現代人が夢にも見ることができぬほどに立派な文化の華が咲いていたことは確かであったようです。その何よりの証拠は大和言葉の存在と、その言葉を創造する根本原理である言霊の原理の存在がここに明らかにされたことであります。日本における古事記・日本書紀の神話ばかりでなく、世界の神話すなわちギリシャ・エジプト・北欧等々の神話はすべて過去に真善美の精神文明の華咲いた時代があったことを明記しています。これらは決しておとぎ話ではなく実話であることを、この書を手にした読者ご自身が言霊の原理に深く踏み入って大和言葉の内容を明らかにされるなら、さもありなんとうなずかれることでしょう。と同時にこれらの神話はすべて隆盛を極めた精神文明が、ある時代を画して隠没し姿を消してしまったことをも記しています。日本においても日本書紀に神倭朝十代崇神天皇の時代の次のごとき事件について報じた一文が載っています。「是より先に、天照大神、倭大国魂二の神を、天皇の大殿の内に並祀る。然して其の神の勢を畏りて、共に住みたまふに安からず。故、天照大神を以ては、豊鍬入姫命に託けまつりて、倭の笠縫邑に祀る…」
 右の事件は神倭朝の同床共殿の制度の廃止という、それまで天皇が言霊の表徴である三種の神器と共に居り、その原理に則って政治を行っていた事を廃止して、この人間の究極原理を人間が拝む対象としての神と祀ってしまったことを意味します。すなわち人間最高の精神文明の隠没となるわけです。
 ちなみに言霊の原理からみて人間が神に対する態度も二種類あることを説明しておきましょう。第一は神を斎く立場であり、第二は神を拝む態度です。
 斎くとは五作を意味し、神である宇宙の五つの次元アイウエオの順を心に確認し、神と一体となることであり、拝むとは神である次元宇宙の内容を自覚せず自ら傀儡に成り下がり、ひたすら神を畏怖する態度であります。拝むと愚かとは同じ語源より発します。