日本の気功整体…野口整体.1

野口晴哉(のぐち はるちか、1911年9月~1976年6月)氏によって、始めされた手技療法です。内容は気功とほとんど変わらないです。

第一章「気」による体力発揮
火事で出た体力
体力を喚び起こすのは「勢い」である
文明生活を見直そう

第二章愉気及び愉気法
「気」は心ではない
「気」はみえません。触れません。ただ感じるだけです。五官で感じるわけではありません。山の中でも水があれば水の気を感じます。火があれば火気を感じます。街の盛り場などの空は人の気が上がっております。
「気は心」といいますが、心そのものではありません。ただ気の動くように心が動くだけです。心だけではありません。体も気の行く方に動きます。 
「気」は物質以前の存在
 元気とか活気とか、気おくれとか、気が適うとか適わぬとか、気を入れるとか気が無いとか、天気、気配、気遣い、気取りから、気が乱れる等々、いろいろと気という言葉が使われておりますが、さて、気とは何ぞやとなると戸惑ってしまいます。それほど身近で気づかないまま使っているのです。西洋には気という言葉がありません。ミトゲン線とかアルフャー線とかといっても、それは物質の細かくなって放射する形であって、気ではありません。オーロラにしても、水蒸気にしても、気の現われであって、気そのものではありません。
 気は物質以前の存在です。ケヤキの大樹も始めは一粒の種子でした。その種子の中にあった気が必要とする物質を集めて、ああいう大きな樹となったのです。
心で気の集散を自由に行なう
 気をおくり、気を通して元気を呼び起こす「愉気法」というのは、気をおさめる訓練を行うことから始めます。

合掌行気法

 その方法は、まず合掌して指から手掌へ息を吸い込んで吐く。その合掌した手で呼吸する。やっていると手掌がだんだん温かくなり、熱くなり、ムズムズ蟻のはうような感じがしてきたり、清涼感があったりするが、そのまま呼吸を続けると手掌がだんだん拡がって部屋中いっぱいになり、「天地一指」という感じになって、自分がどこへ坐っているか、脚も体もなくなって、ただフカフカした雲の中に合掌だけがあるというようになる。もっとも、初めから誰でもそうなるとは限りませんが、やっていると、いつかはそうなる。始めは、指から手掌へ呼吸をするのも難しい。そういうつもりで息をしていればよい。

2019年11月
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