2021年03月

言霊百神│子音の意義⑥

斯くて此の自覚、自主、自律、自己運営の上に立って識を活用し、その生命の光を以て照らし出して隠れて存在する宇宙の実在を現象として顕わに創造現出し、更にそれを組合わせて行くことが人類文明の営みである。そしてその自主の主体が吾…

言霊百神│子音の意義⑤

そこで此のア(オウエイ)の側から人間を観るならば、人間とは自己に授かった宇宙の内容を自己の先天として継承し、それを実在として内に保有し、その実在の波動を識の波動によって現象として顕出認識し、更にその現象を組み合わせて、み…

言霊百神│子音の意義④

宇宙万有の先天としての内容は以上の主体(母音)、客体(半母音)、そして波動の色相を顕現する認識の原律(父韻)と云う極めて簡単な三者であって、宇宙には是以上何ものも存することがない。万象はこの三者の交流産霊によって発現し、…

言霊百神│子音の意義③

精神の波と物質の波とは、それが生物体から発せられるか物体から放射されるかの相違があるだけで、その波の実質は全く同じものであると考えられる。赤と云う色のリズムを赤として認識出来るのはその光波に対して脳波が感応同交するからで…

言霊百神│子音の意義②

前者を生命の樹(き)、後者を知慧の樹と号(なづ)ける。古代エジプトやギリシャではこれを相対する二本のオベリスクに象っている(高坂正顕『神々の誕生』)。儒教説話ではこの両樹を扶桑樹と若木(屈原『離騒(りそう)』)と云い、印…

言霊百神│子音の意義①

伊邪那岐美二神が母音を先にして、隠れた実在のみに拘泥して生んだ水蛭子(ひるこ)の態度では文明の創造はできない。それは永劫の末法者の態度であって、創造の主体としての自主性を発揮しないのであるから、「南無阿弥陀仏」と念じなが…

言霊百神│いろは歌(随想)③

「いろは歌」は仏教の奥義と云われるが、この歌の如く唯「空」を説くだけでは仏教即神道の本質に触れたものでないことは「水蛭子」の意義の説明で了解されよう。「いろは歌」を上の如く並べてみると最後の文字を縦に読むと「とかなくてし…

言霊百神│いろは歌(随想)②

すなわち彼の説教の骨子とする所は ㈠世界に三菩提の原理が存在することの紹介 ㈡その原理が彼の後三千年間入涅槃することの宣言 ㈢爾後の入涅槃の時代における人類の魂の修練に就いての心得 ㈣入涅槃の時代が終わって仏陀の正覚が再…

言霊百神│いろは歌(随想)①

いろは歌に就いて蛇足を添えよう。仏教は釈迦の創始に係わる印度の宗教、儒教は孔子の創始に係わる中華の哲理、キリスト教はイエスの創始に係わるユダヤの宗教であると考えて、其処を出発点とする歴史の途中からの思想に拘泥していると、…

言霊百神│布斗麻邇の所在⑤

岐美二神の嫁ぎの道すなわちイヒチシキミイニヰ(言霊イとヰ)の交流の道をイの道(ち)(生命)と云うが、このイの道の活(はた)らきは地の上に低く展開する。この展開した没慈味の地の様相が、次で天之御柱であるアオウエ(イ)を自由…