整体と気功と言霊の原理.57

達磨大使の拳法
 仏教は、西暦二~四世紀にかけて、インドから西域を経て、中国中央部に進出してきた。六朝・隋時代には隆盛となり、この仏教とともにインドの医術も入ってきたのであろうが、仏教東漸以前から、実地診療技術や薬物養生などは、すでに神仙術として中国に取り入れられていたのである。
大極拳の誕生
 達磨の少林拳は武術としてはなやかに発展していくが、北宋末期(十二世紀初め)に、道士張三豊は少林拳を創始した。これが大極拳である。
 明末(十七世紀初め)武将陳家大極拳を創始、陳長興の弟子の揚露禅は、清朝の皇族の間に大極拳を普及し、揚家大極拳を創設した。このほか呉家、孫家などを含めで七家か八家の流派が生じた。
 拳法武術の急所は経穴にあたる。医学とはまったく関係のないと思われる武術も、中国では、このような形で医学と接触を持っていたのである。
八段錦から十二段錦
 明代に出版された多くの導引の専門書は、その理論を隋・唐時代の単元方著『諸病源候論』、孫思邈著『千金方』により、実技のほうは達磨の内拳によって書かれたものであった。
 その以前の宋の時代には、すでに「八段錦」が成立していた。明末にはこの「八段錦」に加筆して「十二段錦」としたものが作られる。