言霊百神│禊祓(一)⑮

ここで既に納得して頂いているわけであるが、重ねて蛇足を添えて置こう。神道の禊祓は自己の魂の救われとか安心などと云うような自己の為にする小乗的な心証、所得を求めようとする有漏の行ではない。すなわち哲学的に云うならばan-sich(即自)の態度に於ける物欲しげな修練法や行道ではない。禊祓は小我としての自己を救う道ではない。自己の心身の思いの穢れを洗濯払拭浄化することが禊祓であるのではない。未だなお自己の心身の穢れに拘泥し左右されなけばならぬ者は神道に於ける禊祓の場に立つ資格がない者であり、その者は神道者として未だ麻邇を運用する資格を具備していない者である。自己主体の内容の整理である加具土神の整理を終了した者にして、初めて客観世界、人類文明全体の整理である禊祓に従事する資格が具現される。