『古事記』はその首(はじ)めから此処に至るまで縷々一貫して麻邇の効能を述べているが、此処で注意しなければならぬことは、ここに至ってイ言霊の意義が「下瀬は瀬弱し」として初めて改めて省みられることとなった事である。それが大自然から人間が受継いだ麻邇自体の内容である知性の活(はた)らきによって、その麻邇全体を運用して、大自然から独立した人類独特の文明を創造建設経営して行かなければならないからである。