梅の花

 最初に一名竹寺と呼ばれる光悦寺の庭園を見学し、次に大徳寺に行きました。直に見学できるのかと思いきや、乗客全部庭園に面した広い廊下に座らされて、若い坊さんが説法を始めたのには驚きました。話はなかなか終わりません。退屈極まった筆者は席をそっと抜け出しました。人気のない広い廊下を歩きながら優雅な大徳寺の部屋部屋をのぞき廻ったのでした。
 ある部屋の前に来た時、襖が開けたままになっていて、部屋の床の間に掛け軸がかかっています。五字の詩(仏教で偈といいます)が一行、幼稚とも思える素朴な筆で、しかも達筆に、
 梅花破雪香 (梅花雪を破って香し)
と書かれています。長い冬の白一色の雪の景色を突き破るように春の初めの息吹の梅の花が咲いて香りを放っている、という意味の詩です。上手な詩です。更に驚いたことには、それが禅宗のお坊さんの作だと思われるからでした。仏教の偈というのはお坊さんが修行の途上で悟る事の出来た心の仕組を自然に託して表現した詩であるからです。
 一面の雪は、現象としては何も起っていない宇宙、お坊さんの言う「空」を譬えています。その心の宇宙から意識の息吹・萌芽が生まれ出て来ます。梅の花は万物がまだ冬の眠りにある間にいち早く春を告げる独り咲き出します。心の宇宙の中に初めて生れる兆しに日本人の先祖はウの一音を当てました。梅の花は正しく「ウの芽」に当たります。日本語の梅の語源なのです。
 昔大徳寺にえらいお坊さんが居て、修行の末に空を悟り、その空々漠々たる心の宇宙から意識の芽が生まれ出て来る瞬間の消息を心の内に観じて偈に表現したのでしょう。この偈の掛軸を前にして日本語の梅の語源が、心の先天構造の天津磐境の最初の原理である言霊ウの「芽」であることを今更のように驚きを以て心に留めたのでした。