前方後円墳

 今は考古学ブームだそうです。○○の墓の発掘、××城跡の発見など考古学的発掘のニュースがテレビや新聞を賑わしています。民族の昔に一般の人の眼が向くということは、国民生活が安定していること、また自分の国の存在に誇りを持ち始めている証拠で、まことに結構な風潮です。
 さて考古学の発掘の中心となるのは何といっても古代の古墳、前方後円墳でありましょう。古代の天皇その他の皇族や王族達の墓とされています。そのお墓の形は「前方後円」という名の如く、お参りする人に近く大きな正方形の築山を接続させ、その方(四角形)と円との周りを水を溜めた堀で囲ったものです。
 発掘によって出土した種々の埋葬品、それを入れてあった穴の壁の色彩などについては、今日では色々なハイテクの装置を使って精密な検査がされているようです。けれども不思議に思うのは、古墳全体の形である前方後円墳について検討が未だにされていないことです。古代や古代人について調べるためには、先ずそのお墓の型の意味を明らかにしなければならないのではないでしょうか。前方後円墳の意味について、言霊学が現代人を古代人の持っていた精密な精神性に導いてくれます。
 先ず問題になるのは、前方後円墳の方(四角)と円はどんな意味を持っているのかということです。次の問題はこのような形のものを何故天皇や貴人のお墓として作ったのかの点でありましょう。
 人間の心について考えてみましょう。生れたばかりの赤ちゃんのことを「玉のような」と形容します。生れたばかりの赤ちゃんは何らの作意もない大自然そのままの姿です。人間が大人になり、宗教によって自分の本姓を見ようとするのも、実は生れたばかりの赤ん坊の心に帰ろうとすることなのです。「汝翻って幼児の如くならざれば天国に入るを得ず」と聖書に記されています。大自然そのままの形は丸○で表わされます。
 蛇足になりますが、大自然の現象を振り返ってその現象間の法則を求め、終りに大自然そのものの真理に到達しようとする科学的思考は正反合の弁証法の三角形△で表わされることは前章のカゴメの形で説明しました。この思考の段階を言霊学の教科書である古事記は天之常立神(あめのとこたちの神・言霊オ・経験知)という神名で表わします。大自然(天)を恒常に(常)成立させる(立)実体(神)というわけです。大自然そのものは丸○で、その大自然を追求する学問志向は三角形△▽で示されます。
 丸○である大自然から与えられた人間の色々な性能を、人間社会の文化を創造するためにどのように使って行くか、の実践知は大自然のものではなく、大自然の法則を自覚した上で、それをどう活用するか、の人間の実践知であり、作意的なものです。文明創造の政治は単なる大自然とは異なります。この人間の能力は方形・四角□で表しました。その方法・法則を中国の易は八卦で表し、言霊学はヒチシキミロイの八つの父韻で示します。この人間の働きを古事記は国常立神(くにとこたちの神・言霊エ)と呼びます。国家(国)が恒常(常)に成立する(立)ための実体(神)というわけです。
 大自然の丸○に対して、文化創造の能力(実践知)を方形□で古代人は表したのでした。
 神武天皇が始めた神倭皇朝からこの方、日本の天皇は世襲となりました。次の天皇を選ぶのに能力ではなく血筋を尊んだのです。血筋となると自然のことに属します。天皇は天の命(大自然)によって皇帝の位に就きます。そしてその天皇の下に文武百官がいて、学問や風俗・習慣等を基礎に政治を行い、民衆を治めることになります。
 この形を民衆の方から見ますと、政治というものは先ず近くに文武百官のいる諸官庁があり、その奥に天命によって位につかれた天皇がいるということです。前方後円墳の形が国家の中での天皇の座の権威の内容を簡素に表しているではありませんか。文武百官の上に位している天皇の座は人智の及ばない天の命で絶対のものであること、を示しているのです。
 次の前方後円墳の形をお墓として採用した理由は何なのでしょうか。
 人は死んだ後でも生きている時と同じような状態で生命が永遠であることを望むでしょう。死んだら全てが無になるなどということは考えただけで恐ろしいことです。天皇や王族がなくなった場合でも、その人達が国家の政治の中での天皇の精神的権威を表した前方後円の形を、そのままお墓に形にすることが死者に対する最大の敬意であったのでしょう。貴人のお墓を前方後円墳としたのは以上のような理由によります。
 日本古代のお墓の形式である前方後円の円は大自然であり、方形は人間の自覚された働き、という考え方は儒教や仏教とも共通したものであったことが、今でも遺されている言葉や建築物によって証明されています。
 先ず円ですが中国では昔、皇帝の権威は天からの授かったものと考えました。それを表すために、天子は冬至の日に壇を築いて天を祭りました。これが天壇です。天から授かった天子の権威の象徴で、○の形で持って表徴しました。今の北京や奉天などに旧跡があるそうです。
 仏教では、法華経の中に明らかに示されています。妙法を説法する釈迦如来に対して、その説法が真理に叶ったものである時、釈迦如来の後方に位置する多宝仏という仏が「善哉」と言って釈迦如来の説法を承認する場面の記事があります。説法が真理かどうか、を判断するのは、人間の精神の先天構造に照らし合わせて初めて可能となります。心の先天構造というものは人間に与えられた天与の思考構造です。大自然に属するものといえます。多宝仏というのは精神の先天部分を表徴している仏の名前なのです。
 古くからある寺院の多宝仏を祭る多宝塔を御覧になって下さい。その外側が円形であることを発見なさるでしょう。
 次に方形似ついて見ましよう。中国の社稷という言葉があります。昔の中国の政治では社とは土地の神のことであり、稷は穀物の神として、天子や諸侯がこの二神を王宮の右に祭ったことから、社稷とは国家・朝廷を表す言葉となりました。治国平天下の策を司る政治運用の政府のことです。易の基本形である方形□を以って表されました。
 また仏教に於いても修行僧や一般の民家の檀家を和尚さんが接見したり説法する場所は、方丈とか本堂とか言って四角形の建物が普通です。和尚さんの説法は、法を自覚した上での人間の作意であって、自然ではないからです。
 前方後円墳の形が示している意味は以上の説明で御納得頂けたことと思います。中心に天より統治の権威を授けれられた天皇がいて、その周りにその権威の下に民衆を治める諸官庁があって、政治を司る、という国家の権威が何時までも永かれ、と祈願して天皇や王族の遺体をその精神的表徴である前方後円墳に埋葬したのです。