自覚確認する方法_第五言霊イの段階

 第五段階の言霊イの次元は第四の言霊エ次元の勉学修行の完成の次元ということができます。すなわちいかなる事態に対処しても誤ることなく完璧に行動し得る人格完成の次元です。そしてこの次元に到って初めて人間の思考行動がはっきりと五十音言霊図に則って表現され決定されるようになります。第一段階から第二・三・四・五段階へ勉学が進むにつれて言霊母音ウオアエイの実在が明らかに区別され自覚されてきます。そして第五段階の言霊イの次元に一歩足を踏み入れる時、母音に続いて言霊イすなわち人間意志の展開としての言霊父韻が心に焼き付くごとく自覚されてくることになります。第五の段階はまさに言霊の領域なのです。その領域は人間創造意志の究極的構造を言霊五十音を持って総体的に捉えた人間精神の全貌です。この次元を仏教では仏陀といい、キリスト教ではキリストすなわち救世主と呼んでいます。
 まず言霊イの展相である八つの父韻の捕捉の方法からお話を進めることにしましょう。いままで何度もお話しましたように、言霊父韻というのは言霊イすなわち人間生命の創造意志の展開する相であります。親音であるイ・ヰの実際の働きです。そして母音ウオアエに働きかけて後天現象の最小単位である言霊子音三十二を生み出すきっかけとなる韻です。八父韻はキシチニヒミイリですから、例えば父韻キが母音アに働きかけて生まれる子音はキアで、詰まってカとなります。この子音を生む行程から考えて母音ウオアエである欲望・知識・感情・道徳の現象の基底には必ず人間創造意志が働いていることがわかります。根底に創造意志が働かなければ現象は生まれません。この行程を心に留めておいて、人間精神の進化の第三段である言霊母音アを求める退歩の学の場合を簡単に顧みてみましょう。
 本然の自己を求めんとして心の中に次々に生まれて来る現象の判断の基準となるいわゆる自我を形成している経験・知識・習性・信条等を一つひとつ否定していきます。言霊アの自覚として広い広い本来の自己なる宇宙を求めるにはただこの否定だけで用が足りました。否定に否定を盡した時、仏教でいう空なる本然の宇宙は心に自知することができました。けれど人間創造意志そのもの(実はそれに五十音単音を結びつけますと言霊そのものとなる)の基礎である八つの父韻を自覚するためには、その否定行動そのものを更に見つめる必要があるのです。そしてその否定の行動の中に知性の原律である父韻の働きを捉えるチャンスがあるのです。
 広い宇宙が実は自分の本性であり自我であると信じ、その自覚を曇らせている従来の自我観念すなわちそれを構成している経験・信条・知識等を、それは借り物であって自我ではないと否定していきます。しかし一度や二度自分の心に「これは借り物だ、自分ではない」といいきかせたところで従来価値あるものとして許容し、信頼して生きてきた知識や習慣はなかなか母屋から庇へ立ち退こうとはしません。何かに感じるとそれらの知識や習慣はたちまち自分の心全体を占領してその判断の行動へおしやります。言霊アの自覚の修行は実はこの否定と失敗の連続であるわけです。それにもめげず否定の行動を心の中で続けていきついに否定し盡した時、豁然として宇宙そのものが心の本性として自覚されます。母屋が戻ったのです。と同時に、それまで自分の否定に反抗して、希望に反して現われてきたと思われていた一つひとつの現象が、そのまま現実の実相として、焼き付くような真実として、容認、是認されます。迷は即真実なのです。仏教でいう諸法空相が理解されると、同時に諸法実相が是認されてきます。そのことを煩悩即菩薩などといいます。この時さらにこの実相発現の一瞬を凝視してみましょう。ある事は期待に反して、またある時は期待通りに現れ出で来る現象の奥に、その現象を押し出して来るごとき原動力が存在することに気付きます。言霊ウ・オ・ア・エそれぞれの宇宙に働きかけ、刺激して、経験・知識・感情・道徳心等々の現象を惹起させる生命意志の根源存在を認識することができます。そしてその生命意志の働き方に八通りあることが分かってきます。八父韻の自覚です。言い換えて説明しますと、言霊アである自由な世界を得ようと努力した自利の行では全然意識することもできなかった人間生命意志の存在とその働きの様子が、言霊エ以降の利他の行の中でははっきりと八つの韻として自覚されてくるのです。この八つの父韻が人間生命の創造意志の現われであり宇宙自体の創造力であります。

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