整体と気功と言霊の原理.47

遠藤喨及の『気の経絡指圧』…「タオ指圧」.7
経絡が見えるようになる

ようやく明らかになったこと
 経絡を見る方法、すなわち「経絡認識の五行」は、心の技術だからである。
経絡を見るための基礎知識
 経絡を認識するためには、少なくとも経絡の走向に対する「基礎知識」ぐらいは必要である。
「利他の心」が気を呼ぶ
 気の世界から言えば、利他心がある時は、ポジティブな気が出ている。相手に(ほんとうは自分にも、だが)気を与えている状態である。ここには、主客一体の安らぎとくつろぎがある。また、ユーモアもある。
 反対に、自分のことばかりを考えている時は、相手から気を奪おうとする。ここには緊張がある。無意識のうちに、相手と自分とを秤にかけている。だから、この時の気は暗く、心は頑なである。相手も心を閉ざしてしまう。
 ところで経絡は、主観・客観の一体になったところに存在すると述べてきた。だから主客一体の経絡を見ようと思ったら、まず己の心に利他心を喚起しなくてはならないのである。

意念と共感的想像

「意念」しなければ見つからない
 経絡に対する意念(念の集中)もまた、利他心(切診の心)を土台としていなければならない。経絡にも人格がある(これは臨床上の実感としてそうだ)。思いやりのない気は無視される。だからこそ、「知識」「利他」「意念」という段階を踏むのである。
二つの「共感的想像」
共感的想像とは、「気の経絡指圧」独自のキーワードの一つである。これには二つある。その一つは「相手がどこを圧してほしがっているのかを想像すること」。もう一つは、「相手がどう感じているかを想像しつづけること」である。そして、ここで述べている共感的想像は、前者である。
 この段階では、先の意念までしてきた自分の心をいったん無にする。そして、純粋に「受け手は、いまどこを圧してほしがっているのだろうか?」と想像する。
 意念しただけでは、術者から受け手への一方通行である。しかし、次に術者が共感的想像の心に入ることで、受け手の気(無意識)は、自らの表現の自由性を得る。
 これで経絡が開く。また、それによって受け手の経絡は、術者の気に感応するのである。
 共感的想像には、受け手への受容がある。受け手を全面的に受け入れる気持ちがある。この気持ちなくして、受け手の経絡は開かないので、経絡にアクセスすることはできない。