西洋医学の歴史│ 近代.2

近代ヨーロッパの医学.2
 十七世紀のモリエールは芝居のなかで、宗教とともに医師をも真っ向から批判しています。モリエール自身、胸を病んでいて、当時の医師にかかって、そのインチキさかげんに、いや、当時の医学そのものの不完全さに、愛想をつかしたのでしょう。医師を成り立たせているのは民衆の無知にほかならず、医学が真に治療に役立つほど信頼にたえられるものではないことを、モリエールは芝居で民衆に教えようとしました。
 人体解剖や動物実験が盛んになり、過去の権威がどんどん葬り去られていきます。たとえば、血液は肝で新生されて、二度と使われる事はないといわれていたのに、ハーヴェイが血液循環説を唱え出しました。また、従来は、動物の卵の中には、のちに発達してくる体がごく小さな形ですでに存在しているという前形成説が考えられてきましたが、すべての動物は卵から生ずることを発生学が唱えはじめます。
 さらに、十七世紀の後半になると、医学に顕微鏡が用いられて、動脈と静脈を連ねる毛細管や、そのほかに細菌、赤血球が発見されます。
 こうして過去の権威に聞くのではなく、みずからの観察で確認するというやり方で、哺乳動物としての人間の生理学がどんどん完成していきます。
 十八世紀の絶対主義の時代になりますと、国家がその威信を発揚するために大病院を競ってつくり、そのなかでカルテ制度が登場し、数多くの症例が報告されて、どんどん研究の進歩があるのですが、しかし、なかなか臨床医学に直接役立つ知識は出てこない。やっと十八世紀後半になってジェンナーの種痘法の発見があります。彼は当時の権威をたたかい、1802年にイギリス国会から1万ポンドの賞金を受け、公に認められたわけです。それは、牛痘接種法の勝利の日でした。この方法は、それから50年ほどで日本に伝わって来ます。

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