西洋医学の歴史│ 近代.3

近代ヨーロッパの医学.3
 十九世紀半ばになって麻酔法が確立され、以後、外科手術が一変します。それまでの外科手術の光景は、手術前に「あなたは、脚を切って欲しいのですね?」と外科医が最終的に確認します。「はい」と返事があれば、四、五人の力持ちが患者を押さえつけます。すると外科医は、目にもとまらぬ早業で患者の脚を切り落とす。それが早ければ早いほど、腕のよい外科医といわれたものです。患者は、苦痛のため、暴れまわったり、失神したりするのがふつうでした。
 次に消毒法が見つけられます。この消毒法が公に認められるまでも、長いたたかいが必要でした。1844年、ウィーンの産科医ゼンメルワイツは大きな病院に勤めていました。そこの内科に第一と第二のクリニックがあって、第一のほうが第二に比べて産褥熱による死亡率がだんぜん高かった。彼は、その差が何によって起こるのかを考えた。第一クリニックは、学生の教育に用いられている病棟で、学生が解剖室からすぐにやって来て、手も洗わずに内診したりする。
 第二クリニックは、助産婦養成のためのもので、不潔になることが少なかった。それでゼンメルワイツは、医師や学生の内診のほうが産褥熱の原因になっているのに違いないと考え、妊婦を診察したり、お産を助けたりする者は消毒しなければならないという規則をつくりました。すると、どんどん死亡率が減少したのです。1862年、ゼンメルワイツが「産褥熱の原因、概念と予防法」という論文を書いて、強く自説を主張しました。1862年には、「すべての産科教授への公開状」を公にしています。「もしあなたがわたしの説に従わないならば、わたしはあなたを殺人者とよぶ。そして産褥熱の歴史は永遠にあなたを医学上のネロとするでありましょう」という激烈な手紙を産科医へ送った彼は、その数年後、精神病になり、死んでしまいます。残念ながら彼の説は、生前には認められなかったのです。
 消毒法から、さらに殺菌法が発明され、そしてついに無菌法手術へと発展していく。これは十九世紀後半になってからです。

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