西野皓三│“白血球細胞”②

切り離されてもコミュニケーションをとる“白血球細胞”②
私(パーセル博士)は「細胞記憶」について多くの疑いを持っていません。
少なくとも私にとってより興味深い問いは、なぜ、こうしたクレアのような経験が、ある人々だけに起こり、他の人には起きないかということです。
私が調べた数十人の臓器移植患者の中でクレアのように身体に変化を感じた人は、自分の身体に関して普通以上に敏感な人です。たとえば、芸術家、画家、詩人といったクリエイティブな仕事をしている人、あるいは、自分に対して注意深い、内省的な人です。
また番組(米・ABCテレビ)では、クレアさんの体験について、懐疑的な立場に立つ人も出演していました。
出演していたある心臓外科医は、クレアさんと次のように意見を戦わせていました。
心臓外科医「移植患者には、心理面にまで影響する強い薬が投与されているのです」
クレア「これは、薬や手術を終えた後の喜びからくる現象ではありません」
心臓外科医「しかし、医学的に見れば心臓はただの血液ポンプですよ」
クレア「私には、心臓はそれ以上の存在に思えます。心臓の細胞一つ一つには独特のリズムがあり、その細胞が他の人の体内に収まっても、細胞が持っている元の記憶は生き続けているのです。誰に反論されようと、これが私自身の体験した事実なのです」
この心臓外科医のような反論が出てくるのは当然ですが、クレアさんの言う「一つ一つの細胞が」という言葉や、「心臓と肺からエネルギーがくる」という表現の中には、やはり彼女の実感がこもっていると思わざるをえません。彼女は、自分の身体で感じたままを素直に表現しているのではないでしょうか。