細胞の中の“極微モーター”の正体
「生物のエネルギーを生む細胞内“極微モーター”」という見出しの記事が読売新聞に載ったことがあります。
これは英国の科学誌『ネイチャー』にも発表されたのですが、人間をはじめ、ほとんどの生物の細胞の中には、ごく微小な“モーター”が無数に存在し、その回転によってエネルギーが生み出されていることを、東京工業大学資源科学研究所の吉田賢右教授(生化学)らのグループが世界で初めて、目で観察する新しい技術を導入することによって突き止めたのです。
微小な“モーター”本体の直径は、わずか10万分の1ミリです。これは地上最小とされている細菌の鞭毛細胞回転モーターの半分程度です。
生物の活動に必要なエネルギーは、ATP(アデノシン三リン酸)という分子に蓄えられています。そのATPは、摂取した栄養分を素に、細胞の中にある、呼吸などエネルギー代謝の中心をなすミトコンドリアという微小器官で合成されています。
吉田教授、慶応義塾大学理工学部の木下一彦教授らグループは、ミトコンドリアの中でATPを合成している酵素に着目しました。
このほとんどの生物に存在する酵素は、プロトンがミトコンドリアの膜を通過する時の回転でATPを合成するのです。この酵素の正体が“モーター”であるということが分かったのです。
この“極微モーター”のことは、“ナノマシン”とも呼ばれています。
このナノマシンの小ささは、人間の想像力を超えたものがあります。以下はナノマシンのエキスパートである楠見明弘氏(生物物理学者)の論文、「生物のナノマシン」(『現代思想』1995年12月号…特集・思考するDNA)からの引用です。
「これらの生物モーターは、小さいものでは直径が3ナノメートル程度しかない。すなわち人が作った最小のモーターの大きさの1万分の1程度の大きさ(体積では1兆分の1の大きさ)しかない。半導体モーターも人の髪の毛の太さぐらいまで小さくなっているのだが、それより、まだ、4桁も小さいのである。たとえば、半導体モーターの大きさを10階建てのマンションの大きさとすると、細胞のモーターはその中にいるてんとう虫の大きさだ。人が小さい物を作る技術はずいぶん進歩したのだが、まだまだ、生物にはかなわない。」