西野皓三│嗅覚の時代①

今こそ、嗅覚が必要な時代①
医学の領域も含めて、一般に嗅覚というと原始的な低次な感覚だと見なす傾向があります。たとえば、嗅覚について書かれた書物では冒頭にこう述べられています。
生理学の中に感覚生理学という分野があります。嗅覚はこの分野に属するものですが、その研究も研究実績も他に比していかに少ないかということは、生理学という名のつく書物を少しでも紐解いていただけばすぐわかります。視覚には何十ページ割り当ててあっても、嗅覚にはわずか2、3ページしかあてていないのが普通です。(高木貞敬『嗅覚の話』岩波新書)
高度な文化が発達した社会では、嗅覚の果たす役割は小さくなりつつあると言われていますが、本当にそうでしょうか。現代の安全で便利な人間社会では、表面的に嗅覚の必要性は少なくなっているように思われますが、このことは「人間が生きる」という意味において、嗅覚の役割が小さくなったということではありません。
嗅覚が鋭い、鼻が利くということは、すなわち直観力があるということの代名詞です。いかなる文化、社会においても、嗅覚という本能に直結した感覚は、ひじょうに重要な価値を持っているのです。
現代社会で満足のいく人生を送るには、自己を確立することが前提となります。その自己のアイデンティティを獲得するのにも、嗅覚は不可欠だと言えましょう。