西野皓三│本質は快楽①

生命の本質は「快楽」だ①
オプティミスト(楽観主義者)には2種類あります。
一つは、スーパー・オプティミストに代表される、生まれつきのオプティミストです。これは、代々、身体(細胞)に刻み込まれてきた気質的なオプティミストだと言えます。
もう一つは、経験知に到達した人生哲学的オプティミストです。
100%の努力をし、あらゆる戦理・戦略を駆使し、人知(頭脳知)の限りを尽くして物事に挑戦しても、人生は総じてままならないものです。合理主義の先、努力の果てにあるものは、不合理でカオス(混沌)そのものといった現実でしょう。
経験を積み重ねていった末に「人生はすべて運命だ。あれこれ思い悩んでもしょうがない、なるようにしかならない。人事を尽くして天命を待つのみだ」という達観を持つに至ったのが、私の言うところの、人生哲学的なオプティミスト、経験知のオプティミストです。スーパー・オプティミストほどは優れていないにせよ、こうした人たちは、やはり素晴らしい生き方と言えるでしょう。
オプティミストと似て非なるものが、オポチュニスト(日和見主義者)です。
これは、人間関係をはじめ、万事においてともかく功利的に対処し、苦を少なくして人生をより楽に生きようという人ですが、実際のところ、彼らは人生を本当に楽しんでいる人ではありません。つねにその場かぎりで、いいかげんに人生を送り、かけがえのない自分の人生を台なしにしてしまいがちです。