西野皓三│頭脳第一主義②

アリストテレスの「頭脳第一主義」②
アリストテレスはまた、知をポエーシス(poiesis)、プラクシス(praxis)、テオリア(theoria)の三つに分類しました。ポエーシスとはものを作ること、生産製作であり、プラクシスは行うこと、行為、実践であり、テオリアとは観ることであり、鑑賞、考察さらに研究、理論ということです。英語のセオリー(theory・理論)という言葉はこのテオリアから生まれました。
アリストテレスは、この三つの中で、テオリアを最も上位の知として位置付けたのです。このことは、後世の人々に頭脳知を過大評価させることになった、最大の原因の一つになっています。
当時のギリシア社会では、過酷な肉体労働を強いられる奴隷と、さまざまな技術をもって労働に従事する職人、農民などの平民と、労働から解放された貴族によって構成されていました。
貴族は詩を吟じ、演劇を鑑賞し、酒を飲み、女性を愛で、政治を論じ、人生を語るという生活の中で暮らしていました。彼らだけが余裕をもって物事を観て、人間や宇宙について考察することができたという時代背景があったことを、忘れてはならないでしょう。
アリストテレスが、大変な知力の持ち主であったことは間違いありません。しかし、どんな偉大な人でも、かならず時代の制約を受けるものです。
アリストテレスの哲学は、人間の尊厳を広く知らしめたという点で、このうえなく大きな功績を人類に残しました。しかし、ホモサピエンスとしての「人間の知」(頭脳知)を。12分に発揮するあまり、彼の哲学としての理性主義、言い換えれば「頭脳第一主義」は後世、特に中世以降の知識人に知の偏向をもたらしことは否めません。

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