西野皓三│言語は遺伝子②

言語は遺伝子で作った②
これらの理由から、一部の認知科学者は言語を「心理的能力」「精神器官」「神経システム」「演算モジュール」などと呼んでいますが、ピンカーは、時代がかった言葉ではあるが「本能」と呼びたいと記しています。
クモがクモの巣の作り方を知っているのと同じように、人間も本能によって言語の使い方は知っている。見事なクモの巣の出来栄えは、一級の芸術家作品に匹敵しますが、特別な天才グモが作り方を発明したわけではありません。正式な教育を受けたり、設計の才能があったり、建設業に向いているから、クモの巣が上手に作れるというものでもないのです。クモがクモの巣を作るのは、クモの脳細胞(遺伝子)が「クモの巣を作れ」と促し、クモの巣作りの能力を授けるからだ…これが彼の「言語本能」説です。
ピンカーは次のように説明を付け加えています。
言語を本能だと考えると、世の中の常識、とくに、人文科学と社会科学の教科書が伝えてきた常識がくつがえる。言語能力は人間が直立歩行するのと同じく本能で、文化的発明ではない。記号を操作する能力が顕在化したものでもない。あとで紹介するように、人間の三歳児は文法的に正しくじゃべれるが、絵画や宗教上のイコン、交通標識などの記号体系はまったく理解できない。
言語は、生きとし生ける種のなかでホモサピエンスだけが持つすばらしい能力ではあるが、だからといって、人間の研究を生物学から切り離す理由にはならない。特定の種が素晴らしい能力を持つのは、動物の世界では珍しくないことだからである。ある種のコウモリは、ドップラー効果を利用して、飛んでいる虫を正確に捕らえる。ある種の渡り鳥は、星座の位置を日時に対応させて、何千キロもの長旅の方向を知る。大自然のこうしたタレントショーのなかでは、息を吐くときに出す音に変化をつけて誰がなにをしたかといった情報を伝える人間も、特殊な才能を持ったその他大勢の一つにすぎない。
ピンカーは、「科学者の目から見れば、言語という複雑な存在は、人間にとって生物学的な生得権だ」と言います。事実、小学校に入学する以前の子どもたちが身につけている言語能力(文法知識)には、どんな新型コンピュータの言語システムも敵わないのです。

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