西野皓三│美学は哲学の亜流②

なぜ、美学は哲学の亜流と言われたのか②
論理学が上級認識で、感性の美学が下級認識であるという彼の主張は、私たちには信じがたいことです。論理(言語)が絶対ではないことを、数理哲学によって証明したのは、20世紀の思想家ヴィトゲンシュタインとゲーデルでした。
彼らの証明を待つまでもなく、美は普遍であり、上級であると言えましょう。
ダ・ヴィンチやミケランジェロ、バッハやベートーベン。モーツァルト、またマチスやピカソといった芸術家の生み出した美(作品)が、時代を超えて感動を伝えていることが何よりの証拠です。
現代でも、たとえばロストロポーヴィチやプリセツカヤ、パヴァロッティーという美の創造者(芸術家)がこよなく愛されていることからも、美というものの価値の高さは分かります。
ところが、バウムガルテンの生きた「理性絶対の時代」には、美の価値を哲学的に認めさせることはとても大変だったのです。これは当時の哲学体系、つまり言語のパラダイム(バーチャル・リアリティー)が、実態を離れて「理性が最高である」という前提によって構成されてしまっていたからです。
このように、言語(バーチャル・リアリティー)の世界は、時として実際の世界(リアリティーの世界)と大きく乖離してしまうことが起こるのです。

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