古歩道│江戸の混合医療①

完成度が高かった江戸の混合医療①
おばあちゃんの知恵袋、伝承療法で対応できない怪我や病気の場合、江戸の庶民が頼っていたのが、鍼灸あん摩、いわゆる鍼治療やお灸、あん摩(マッサージ)である。
鍼灸は慢性的な疾患に向いている。前述したように、戦場でなければ、慢性疾患を即座に治す必要はなく、日常生活を営まば病気と長く付き合いながら治療していくことになる。鍼灸治療は専門職だが、お灸は薬草同様に書物が普及していた。庶民にとって、最も安上がりな医療行為でもあったのだ。
怪我の場合、頼りになるのは骨接ぎ、整体師だ。こちらは柔道、当時でいえば柔術家が兼業することが多かった。柔術は、戦国時代の「組み打ち武術」が起源で、稽古中は怪我をしやすい。もともと人体の破壊を目的した技術体系なだけに、逆に、どうすれば骨折が治るとか、打ち身捻挫の治療方法が伝承されてきた。とくに柔術の場合、道場だけでは食べていけないケースが多く、投げたり蹴ったりする技と同時に骨接ぎや整体も学ぶのが一般的で、柔術家の生業なっていた(これは明治以降、現在も柔道出身の整体師は多い)。
鍼灸や整体では対応できない酷い疾患のときは漢方医に頼る。漢方薬は、相当、高価で庶民ではなかなか手が出しなかった。しかし漢方医の真の役割は「医食同源」にある。食事療法のスペシャリストで、生活習慣の改善を指導してくれるところにあった。病気を治せなくとも病気を悪化させない方法などの知識が豊富で、そこに重要な価値があったのだ。
そして最後、突発的な大怪我や、すぐに処置しなければ死ぬような重篤な患者に対して、蘭方医、そう、西洋医学が登場する。何度も述べてきたように西洋医学は応急処置、外科処置はずば抜けて効果がある。実はそれだけでなく、江戸時代の蘭方医は、疫病や感染症の予防や対策などで庶民を指導する立場にもあった。実際、蘭方医はジェンナーの種痘方法の存在を知ると、試行錯誤しながら日本でも種痘治療を行っている。
生活習慣病や慢性疾患は漢方医、疫病や感染症は蘭方医、ちゃんと役割が分担されていた。どちらが上でも下でもなかった。漢方医と蘭方医はよきライバル関係にあったぐらいだ。
何より鍼灸師、整体師、漢方医、蘭方医にしても、徒弟制度で育成する。師に仕えて指導を受けて一人前になる。ある意味、誰にでもなれるのだ(ただし、あん摩は江戸時代、幕府の保護を受け、盲人の職業として保護されていた)。村に必要となれば、出来のいい子を修行に出せば医療従事者を確保できたのである。