古歩道│江戸の健康水準②

江戸の健康水準は世界一だった②
まず軽い病気や怪我は伝承療法が用いられる。わかりやすく言えば「おばあちゃんの知恵袋」。その土地や場所に古くから伝わる民間療法である。
民間療法や伝承療法を侮ってはいけない。長く伝承されるのは、それだけ必要な知識で「効果」がある証拠だからだ。
出版社から渡された資料の一つに、荒川弘という人気漫画家のマンガエッセイ『百姓貴族2』(ウィングス・コミックス)があった。荒川弘氏は大ヒットした『鋼の錬金術師』という作品の著者らしいので知っている人も多いだろう。この人は北海道の開拓農民、屯田兵の係累で実家は大きな農園を営んでいるという。そのエッセイの中で、荒川氏の実妹が小学生のとき、農作業の手伝い中に農具で指を2本、切断して皮一枚でつながっているだけの大怪我をしたという。当然、妹さんは「病院に連れって行って」と泣き叫んだ。ところが父親は妹を病院に連れて行かなかった。「病院に行っても、どうせダメだと切断されるか、うまくくっついたとしても神経がつながらず動かなくなる。こういうときは、屯田兵秘伝の治療法が一番だ」と、切断面に自家製のナタネ油とヨモギの粉末をまぶしてしっかりと固定、雑菌が繁殖しないよう傷口の周囲に木炭の粉をつけて清潔な布で包帯をして、「これでくっつく」と言ったという。あとは毎日2、3回、傷口を洗浄をして同じ治療を続けたところ、妹さんの指を見事に完治してまったく後遺症もなかったという。おそらく1980年代ごろの話だと思うが、今の時代、こんな自家療法を実の娘にしていたとなれば、この父親、児童虐待で逮捕されたことだろう。実際、出版社が「絶対に真似をしないで、怪我をしたときはすぐに病院に行ってください」と注意書きをしていた。
しかし荒川氏は、この治療法は、父親も自ら試して指を治療した経験があること、屯田兵時代から数十年来、最も有効的な治療法として伝わっていたこと、怪我をした妹も病院の治療より伝統療法を信用し受け入れ、この行為が正しいかったと反論している。
民間療法には、土地や職業にあった有効な治療方法が経験に基づいて伝承されている。それを無視して、安易に医者に頼ると、却って悪化させたり、完治が遅れたりすることも多いのだ。
民間療法には、もちろん、薬草学も含まれる。江戸時代の日本は、庶民向けのエロ本(春画)まで印刷物として販売されていたぐらい写本と印刷が発展していた。幕府や各藩は、薬草の見分け方、効用、栽培方法、病状ごとに使用方法など事細かに書いた本を配布したり、販売したりしていた。水戸黄門でお馴染みの水戸光圀は、この薬草本を世に送り出したことで、日本人から愛されてきたぐらいなのだ。当然、薬草の知識が広く普及していれば、軽い怪我や病気への対応は、小さな村でも、十分できただろう。