古歩道│日本人と脚気①

日本人は戦後も脚気に苦しんだ①
「エッ、カッケ?それ、なんなの?」
本書の打ち合わせの最中の私の発言である。「脚気」という日本語の病名を知らなかったのだ。
「ビタミンB1が足りなくて発生するビタミン欠乏症の一種で、江戸時代から昭和中期、1950年代まで、国民病と呼ばれ、年間何万人も亡くなっていたんです。私が子供時代、1970年代ごろまでは学校の健康診断では、必ず、座った状態で膝下をハンマーで叩く脚気の検査をしたものです。病院でも、聴診器を当てて胸の音を聞いたあと、やなり、脚気の検査をしていましたよ」
この担当編集者の説明を聞いて、頭を捻った。
ビタミン不足病自体、それほど珍しくはない。
欧米、とくにカナダのような寒い地方では、冬場の日照不足や生野菜の不足から生じるビタミンC欠乏症となりやすい。ビタミンCが不足すれば歯茎から血が出たり、目が充血したりする。ビタミンCは血液であるヘモグロビンに必要なので、ひどい場合は壊血病で死ぬこともある。大航海時代、長期間の航海で生野菜を食べない船乗りがよく罹った。アラスカのイヌイットたちが生肉を食べるのも血からビタミンCを摂取するためだ。
一方、欧米人の食生活で、ビタミンBが足りないことは、よっぽどの偏食をしないかぎり、あまりなかった。主食である肉、チーズなどの乳製品にはビタミンBが多く含まれている。ライ麦パンや精白していない黒パンでも十分、必要量を摂取できる。ビタミンBだけが「不足」して欠乏症の症状が出る前に、たいていは栄養失調になることだろう。
つまり、「脚気」というビタミンB不足の病気が、日本で常識的な「病名」となっていることに、最初、驚いたのだ。実際、ビタミンB欠乏症で、先進国だった日本が1950年代まで、100年以上、年間何万人も死んでいたと欧米人に言えば、多少の栄養学の知識のある人なら、絶対に信じないだろう。
では、どうして日本で脚気が流行していたのか。それは日本人の主食は「米」であるが、脚気が流行していた時代、この「主食」は、メインではなくオンリー、文字通り、米だけを食べていた人がたくさんいたからなのである。
有名な宮沢賢治の詩に「雨ニモマケズ」がある。清貧で慎ましく生きたいという内容の詩だが、そこには「一日玄米四合ヲ食ベ」とある。一合はお茶碗2杯分なので、1日に8杯のご飯を食べる。今の感覚なら、ケッコー、多いなと思うが、これが1900年前後の時代、食事制限をして「食べていない」という状況だった。