古歩道│なぜ、ドイツ医学界?①

なぜ、ドイツ医学界だったのか?①
明治期になると日本の医学は、ドイツ一色となった。実際、カルテやクランケなど日本の医学用語の多くはドイツ語由来で、現在でも医学部ではドイツ語取得は必須となっている。担当編集者も「1990年代までは、カルテをドイツ語で書く医者は多かったですよ。だから診断書を別の病院に持っていくことが、事実上、できなかったんです。ドイツ語の筆記文字は他人では解読出来ませんからね。セカンドオピニオンとか、医療過誤の裁判とか、しゃらくさいことを言わせない対策だったんでしょう」と苦笑いして語っている。日本語で診断書を書くようになったのは、電子カルテの普及によってのことだったという。
明治政府が西洋医学を本格的に導入したこと自体は、理解できる。
幕末期、日本国内は内乱に突入した。当然、「平時医療体制」ともいうべき江戸の医療システムでは対応できず、戦場医である蘭学医が圧倒的に足りない状態が続いた。明治維新以後、新政府は「富国強兵」を掲げ、列強国化を目指した。対外進出、対外戦争を前提とした国家体制にする以上、当然、西洋医学を学んだ優れた医者の育成は急務となる。そこで当時、躍進著しいドイツ医学と取り入れた。