古歩道│アリナミン②

最初の脚気治療薬だった「アリナミン」②
ところが医療ギルドの日本貴族である日本医学界は、オリザニン臨床実験の協力を拒否しただけでなく、鈴木梅太郎が苦労して「治療薬」を販売しても、医師の権限を振りかざして新聞などを使って徹底的に潰していく。
潰したのは、ある意味、これが「有効」とわかっているからだった。実際、日本貴族たちは、鈴木梅太郎の研究をドイツ医学誌に発表するよう熱心に薦め、そのなかで「新発見」という記述を巧妙に外し、その成果を、やはりドイツ医学ギルドのカジミール・フンクに「献上」しているのだ。フンクは、鈴木の論文を読んで、そのまま脚気の治療に有効な成分を「ビタミン」と名づけて「世紀の発見」と公表。「ビタミンの父」となった。さすがに医療ギルドもバツが悪かったのか、このフンクにはノーベル賞を与えなかったぐらいだ。
まあ、呆れる話ではあるが、もしかすれば、日本医学界は、あえて鈴木の成果をドイツ医学界に提供することで、脚気治療薬となる「ビタミンB=オリザニン」を販売したいと願っていたのかもしれない。実際、フンクのビタミン発表後、日本陸軍の軍医は、このフンクの「ビタミンB」で脚気治療薬を製造するよう正式決定する。
それが、のちに武田薬品工業が販売する「アリナミン」なのだ。結局、ビタミンB薬は、1950年代まで完成できなかったが、このアリナミンの普及で日本の脚気は、急速に沈静化していく。栄養剤ドリンク剤の「栄養」とは、脚気の薬効のことなのである。