言霊百神|開闢(中今の意義)①

天地はじめ(初発)の時
天地は今此処で絶えず開闢しつつある。『古事記』が説く「天地(あめつち)のはじめ」とは天文学や生物学の歴史の上に観念で取り扱うところの事物の初めを云っているのではない。『古事記』「神代巻」は必ずしも過ぎ去った大昔の事を取り扱っているわけではない。今が、そして此処が、すなわちnow-hereが恒常に天地の初めの時であり場所である。すなわち天地は実際に今、此処で絶えず剖判し開闢しつつある。その今を永遠の今と云う。この事を禅では「一念普く観ず無量劫、無量劫の事即ち如今」(『無門関』「第四十七則」)などと云う。「永劫の相」(スピノザ)とも云う。そしてその場所が常に宇宙の中心である。この今、此処を「中今」(『続日本紀』)と云う。
この始原である中今から天地は瞬間に剖判して、忽然として森羅万象を現出する。言霊摩邇はその瞬間に活動する生命の知性の内容でありその原律である。この恒常の天地の初めである「中今」を把握することがあらゆる事物をその根源から理解する上の出発点である。仏教、キリスト教、儒教等の古来の哲学宗教の修証である。「空」「悟り」「救われ」「天」などと云われる宗教上の体認はすべて此の中今を把握することに他ならない。そしてこの中今と云う天地のはじめの把握が神道に入る門であり、神道の出発点である。布斗麻邇とはこの「空」である中今の精神的大宇宙、法界の中に活現する人間生命の自覚内容、すなわち、『般若心経』で云う「諸法の空相」と『法華経』で云う「諸法の実相」の原理と原律のことであり、並びにその原理原律を人間の自覚と自主自律性の下に社会国家に活用していく方法を云うのである。

2021年8月
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