言霊百神|開闢(中今の意義)⑥

高御産巣日神(たかみむすびのかみ)【言霊ア】
神産巣日神(かみむすびのかみ)【言霊ワ】
カミムスビとは噛み合わされて結ばれること。この作用で言葉も物体も生まれて来る。高御産巣日のタという接頭語は音義としてはタと云う陽性の積極音であり、語義は田であって、天照大御神の御営田(八咫鏡)すなわち五十音言霊のことである。同じくカミムスビであっても其処に田すなわち神田(みとしろ)、すなわち精神の自覚の作用がある側がタカミムスビであり、その自覚のない方がただのカミムスビである。前者はアであり、後者はワである。アは天・吾・朝・明であり、ワは和・我・輪等の義に限局されて用いられる。
天之御中主神ウは渾然たる一者であるが、この一者から初めて天地が剖判を開始する。天地が剖れてアとワに対立すると云うことは、吾と我(汝)の二つに剖れると云うことである。『易』の「陽儀と陰儀」「主体と客体」「主観と客観」「積極と消極」「霊と体」「精神と物質」と云う始原の対立する二者として宇宙が先ず剖判した姿である。
ウ・ア・ワの三音を造化三神と云う。宇宙がこのように三者に剖れたと云う事は、それが人間の知性を以てその様に判ったと云う事と同時不可分の消息である。客観的な宇宙の剖判と主観的な認識の判断とは一事実の表裏両面であって、どちらか片方だけでは事実にならない。天之御中主(ウ)と云う渾然たる始原の一者が活動を開始する時、忽ち宇宙はこの「見る者」と「見られる者」、「知る者」と「知られる者」の両者に剖判する。この事は人間の知性に定められた第一の宿命である。布斗麻邇に於ける原則の第一である。