言霊百神│子音の創生⑩

一音が発せられるため、一音が聞かれるためには自覚と無自覚、意識と無意識に拘わらず精神と肉体の全器官と全機能が総動員されて活動する。この事は由々しい「一大事」である。刹那の間に循環するこの一連の過程をすなわち仏教では「一念」と云う。天台はこの一念の内容を細分して「一念三千」と説いた。『法華経』の十界十如是に『易』の数理を合わせたものと思われる。『無量寿経』に「設とひ、我れ仏を得んとき、国中の人天、神足を得ず、一念の頃(あひだ)に於て、下百千億那由他の諸仏の国を超過すること能はざるに至れば、正覚を取らじ。」(第九願)と述べられている。よく一念発生の真相を説き得ている。逆に百千万億諸仏の国を悉く経過し得て、初めて人間の一念が生ずるのである。「言(ことば)は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。」(『新約聖書』「ヨハネ福音書」第一章)と云われる所以も肯かれる。