言霊百神│種智⑪

(佐度島)
以上八神クムスルソセホヘの宝座が前述した佐度島である。速秋津比古と速秋津比売の霊と言、すなわち精神内容と発生器官機能との結び付きの実際の操作であって、佐度とは佐(たす)け度(わた)すで、言と霊とを実際の言葉に渡す活らきである。
言と霊とを言葉にすることを度と云うことは宗教的に見ると面白い言い方である。霊魂を彼岸に渡し救うことを仏教で度(済度)と云うが、その時その救われた事実を言葉で言い表わせなければ救われた事の証拠にならない。この故に禅などでは言葉を重んじる。偈はその救われの証拠である。人間は初めから救われているのだが、言い得て初めて救われた自覚される。度を計ると読めば霊肉両面の活動の調節を図ると云う様な意味である。斯くの如くにして脳中の真奈が発生器官の活動を待って愈々有声の声となり、口腔を離れて大気中に飛び出して行く。

風神、
志那都比古神(しなつひこのかみ)【言霊フ】
フは風の心。音声を発する息である志那都とは頭の中に志(思)である真奈を悉く言葉にすること。「大祓祝詞」には「科戸の風の天の八重雲を吹放ふ如く」とある。科戸の風とは天名、真奈、神名の順序を経て出て来た正系の言語のことで、この言語(風、伊吹)が天の八重雲である思想の混乱を解決すると云うことである。