言霊百神│しめ縄②

『大毘盧遮那経』に「真言の相は諸仏の所作に非ずして、如来の出不出に拘わらず法爾として住す。これを真言といふ」とある。真言真奈は如来本具のものであって、仏陀が創ったものではなく、仏陀自体の属性であると説く。
更に空海はこの如来本具が人類の経営する文明の淵源であり、種子である所以に就いて「名教の興りは、声字に非ざれば成ぜす。声字分明にして実相顕はる。…内外の風気わずかに発すれば、必ず響くを名づけて声と曰うなり。響は、必ず声に由る。声は、即ち響の本なり。声発って虚しからず、必ず物の名を表するを号して字と曰うなり。名は体を招く、之を実相と名づく」(『声字実相義』)と説いている。空海の云う響きとは韻であり、父韻である。老子の云う「有名は万物の母」、「声字即実相」の意義、言霊の意義を説く余蘊がない。