言霊百神│黄泉国㉘

そ(其)の坂本なる
桃子(を)三つ(箇)と(取)りて(、)
待ち撃ちたまひしかば、悉に逃げ返りき
黄泉比良坂の坂本はそこが黄泉国の文化の無自覚の起点出発点であり、同時にそこが高天原の文明の限界境界であり結論終点である。「桃子三つ」を釈けば「百の御稜威」であり、その咒文である。前述した建御雷神の百音言霊図(百敷の大宮)の権威と云うことである。
坂本は言霊で云えばワヰヱヲウであり、その坂本の「桃子三つ」(百の子三つ)とはヱ、ヲ、ウの三音である。ヱは理性(カントの云う実践理性)、ヲは悟性(カントの云う純粋理性)、ウは現識(感覚)の自覚体であって、この三つの実在の夫々に立脚して樹てられた麻邇の組織の三つの体系は人類の宇宙観、生命観、人生観の典型であり、これが人類精神文明を代表する知性の三つの範疇である。その名を天照大御神、月読命、須佐之男命と云い、三つを総合して「三貴子」と云う。三人の命としての「生命の言の葉の道」の三つの体系であるからこれを三命(みち)と云う。すなわち道の語源の一つである。この三命の内容は次段の「禊祓」によって完成される。仏教で阿耨多羅三藐三菩提と称するものはすなわち此の三つの道に他ならぬ。此の三つ以外に有り得ないからそうだと云える。三菩提の実質は麻邇宝珠であり一切種智である神道布斗麻邇によるにあらざれば、仏教自身を以てしては明らかになし得ない。