言霊百神│絶妻の誓③

高天原とは天壌無窮、万世一系、永劫不変に完成された生命の知性、精神の主体としての宇宙の中枢の自覚体である。これに対する予母津国は高天原以外の地上世界を舞台として生命の客体に関する学問の発展と完成を目指して悠久の努力を続けつつあった。だが此処で特に注意しなければならぬ事は、この間、歴史を通じて幾回か行われたその客体世界からの攻撃に対して、精神の主体自覚体としての高天原が取るべき態度、施すべき処置は、時代と事情の如何に拘らず、常に唯だ一つしか存しないと云うことである。何故ならば創造の主体としての人間の精神の構造とその活動の基本的原理法則は歴史を通じ、世代を通じ、且つまた人種の区別如何に拘らず、宇宙にただ一種類、一系列しか存しないからである。すなわち天壌無窮、万世一系のものであるからである。「我、仏を得てより来(このかた)、経たる所の諸の劫数(こつしゅ)は、無量百千万億載阿僧祇なり。」(「寿量品」)高天原の神すなわち仏陀とは人間性の原理の全貌の自覚態であって、それはこの仏寿無量を説く「寿量品」の言葉の如く、人類が有らん限り天壌無窮のものであり、そしてその人類の生物学的な「種」が存する限り、死に替わり生き替わり、永劫の世代を通じて万世に不変、恒常、一系のものである。