言霊百神│絶妻の誓⑨

心すなわち霊(魂・魄・意・志・神)(エ・ウ・イ・オ・ア)すなわち精神とは千引石である三十二子音、四十八言霊を内容とする麻邇であって、それ以外及びそれ以上の何ものでもなく、またそれ以内それ以下では心の全局とするに足りない。その麻邇すなわち言葉の扉を立てて心の占(し)むる全域を決定することが高天原神界すなわち精神性能としての人間性を確立することであって、人間は考える蘆であると云われるが、その蘆が考える全能力すなわち一切智、一切種智の確立である。
斯の如く神界すなわち法界すなわち創造の主体であり中枢である精神としての人間性の内容が簡単且つ明瞭に確立された時、外界の如何なる渾沌もその自覚としての、釈尊の所謂「天上天下唯我独尊」である自我の尊厳を犯すことが出来ない。言葉の扉はすなわち心の世界の扉であり、人間性の周囲に結い廻らされた柵であり、神聖なる自我の「結界」である。神社神道に於て地鎮祭の祭壇の周囲に四角に張り廻らしたり、或いは真言密教に於て護摩壇に結ぶ〆縄はこの結界の印しである。この結界の内部が高天原であって、渾沌の魔はその中に入ることを得ない。