心の御柱

 さてこれから伊勢神宮正殿の建築様式について説明することになるのですが、ご存知の方も多いことでしょうが、神宮の正殿の建物には一般の人は手に触れることが許されていません。また正殿は周りの垣や樹々に囲まれていて、近くに寄って見ることも出来ません。伊勢神宮は神秘のベールに包まれています。
 特に今から説明しようとします「心の御柱」は神宮の建造物の中でも秘とされているものなのです。ですからその説明には遺されている文献に頼るよりか方法がありません。そこで一冊の文献から引用をお許し頂くことにしましょう。その本は「謎を秘めた伊勢神宮の建築」(伊藤ていじ氏著、旭屋出版刊)であります。
「外宮も内宮も二十年毎に建て替えられることになっている。…遷宮の儀式が終わると正殿を初め東西の宝殿、四重の御垣とそこに開かれた各種の御門など、古い建物の一切は取り払われ、その殿地は単なる石敷きの原に変り果てる。…すべては自然物に還元されたかのように見える。しかし実際はそうではない。その殿地を見渡すと、もとあった正殿の位置に小さな覆屋が残されているのを知る。…それにしてもあれは何なのだろうか。そここそが心の御柱といわれる神聖な柱が埋納されている場所なのである。もちろんそれを見た人は稀であるし…正確な実体については不明というほかはないが、伝えられるところによれば次ぎのようなものである。
 第一にこれは、桧の柱だということである。現在のものは内宮で長さ六尺(一八二センチ)、太さ九寸(二七センチ)といわれる。…尤もこの柱の長さと太さとは時代によって変遷があったらしく、公安二年(一二七九)の『内宮仮遷記』によると外宮のものは約五尺(一五〇センチ)となっている。大きさについては外宮のものが経四寸(十二センチ)としている。
 第二は、内宮の場合にはこの柱は全て地中に埋納されているのに対し、外宮のものは半分以上が地上に突き出ている言である。前にあげた鎌倉時代の資料によると、外宮の心の御柱五尺のうち三尺が地上に出て、二尺が地中に入っていることになっている。また元来は内宮のものも外宮のものも同様に地上に出ていたらしく、前記の史料によると地上に三尺三寸(一メートル)ぐらい出て地中には二尺(六十センチ)くらい埋まっていた。…」
 以上が伊勢神宮の内外宮の正殿の床下に置かれた「心の御柱」についての他本からの引用です。この心の御柱がどんな意味を持っているものか、色々な学説があるようですが、はっきりした定説がないことです。
 一説によりますと、昔、榊の木に鏡を懸け、天照大神の神霊の降下を祈願した風習が、何時しか鏡と榊が別々になり、榊の代わりに心の御柱が立てられたのだ、と言われます。その証拠には心の御柱は床下の地中に埋められており、御神体である鏡はその真上の正殿の床上に置かれている、と言うのです。
 さて心の御柱の言霊学による説明を始めましょう。
 読者御自身が目を開いて一人の人間と対面している、と想像して下さい。相手によって、この人は背が高い、色白だ、丸顔だと感じます。これは五官感覚による観察です。次ぎのその人と話をしてみたら物知りで学問に優れた人だと知りました。これは知性的観察です。次にこの人は芸術的趣味がある、愛情がある、と感じます。これは感情的観察です。次にこの人は道徳的に立派で、機転がきき、決断も早い、と知りました。これは実践理性的観察です。
 今度は眼を閉じてご自分の心を考えて下さい。眼を閉じると同時に相手の姿は消えてしまいます。あるのは自分の心だけとなります。すると自分自身の心の色々な働きが出て来る広い心の広がり、宇宙があることに気付くでしょう。精神宇宙の存在です。この心の宇宙をよくよく考えますと、今迄何回かお話して来た事なのですが、心の宇宙は五つの段階から成り立っていることが分かって来ます。
 先ず第一に背が高い、色白だ、という五官感覚の判断が出て来ます。またこの宇宙から背が高くありたい、という欲望も出て来ます。この五官感覚が出て来る元の宇宙に、言霊学は五十音のうちの母音のウを当てて名を付けました。言霊ウであります。
 次に学問的知性の宇宙は言霊オ、第三番目の感情現象の宇宙は言霊ア、次に実践知である理性の宇宙を言霊エと名付けました。
 そして最後に五番目の宇宙を言霊イと呼びます。この宇宙は普通漫然と暮している時は気が付くことのない宇宙なのですが、それでいて他のウオアエの四つの宇宙の現象を生み出す原動力となり、またそれら宇宙をコントロールしている根本的な創造意志の宇宙なのです。
 以上説明してきましたように人間の心は言霊ウオアエイの重なった宇宙を住家としています。そして人間がこの世に生れて来た時、大自然から授かっている生れたままの心の構造はどうなっているのかを考えて見ますと、その構造は五つの母音で表される宇宙の段階が上からアオウエイの順序で並ぶことになります。この心の住家である精神構造を古神道言霊学は天之御柱と呼びます。目に見えるわけでもなく、普通そんなに自覚もありませんが、この天之御柱が人間の心の中に真直にすっくと立っているのです。人間はこの天与の天之御柱でもって人生全ての問題を判断して生きて行くのです。
(この人間の生れたままの天与の心の構造を言霊五十音で表したものを天津菅麻音図と呼びます。心のすがすがしい衣という意味です。古事記の神話の神様の名前で言いますと、伊耶那岐神様の音図ということになります。)
 こうした心の現象を生み出す元の宇宙、心の住家の宇宙を器物として形として表徴したのが伊勢神宮の内外宮の正殿の床下に祀られてある「心の御柱」なのであります。
 先の章で言霊イというのはこの世界全てのものの創造物だという説明をした事があります。創造主はこの心の御柱を上がったり、下がったりしながら他の四つの母音の人間性能を働かせ、それをコントロールして、小にしては人間個人の生活を推進させ、大にしては国家・人類世界の歴史を理性を以って創造していきます。心の御柱は人間の心の住家を表しています。
 心の御柱の意味を以上のように理解した上で、神宮正殿の床下の心の御柱の祀られ方を見ますと、驚くべき真実に突き当たることとなります。
 現在、外宮の心の御柱は、その長さ五尺のうち二尺は地表より下に埋まり、残り三尺が地表から上に出ている、ということです。また鎌倉時代に記録によれば、内宮の心の御柱も同様であった、と伝えられています。
 このような神宮の正殿の構造、特に内宮の心の御柱の変化が何故起ったのでしょうか。それは神宮を創建した当時ははっきり人々によって意識されていた心の御柱の意義が時代の経過と共に忘れ去られ、御遷宮の際にその時々の人の考え方がいり込んだためでありましょう。しかし幸いな事は神宮の構造様式の大部分はまだ昔のままに継承され保存されていることであります。
 さて話を本筋に戻しましょう。心の御柱が長さ五尺である、ということは、それがアオウエイの五母音の言霊を表徴しているという事です。そして心の御柱の下二尺が地表より下に埋もれている、ということは五つの母音のうちの下の二音であるエとイが人間の意識から埋没し忘れてしまっていること、をはっきりと示しているではありませんか。
 言霊イとは人間の創造意志の世界のことです。その法則が言霊の原理です。言霊エとはその原理に基づいた実践知の世界であります。道徳や道徳による政治の社会のことです。
 今から二千年の昔、崇神天皇の時、天皇と八咫の鏡が常に同じ処にあるという同床共殿の制度が廃止されて以来、言霊の原理(言霊イ)は日本人の意識から次第に薄れていきました。同時に言霊の原理を実際の政治に適用実践(言霊エ)していくことも停止されたのでした。古代の道徳政治は終りを告げました。
 人々はその時以来、道徳的な理性に厳然とした心の法則があることを忘れてしまいました。以後道徳といえば「何々すべし」、「何々すべからず」式のものだけとなりました。言霊イとエの二つの次元は日本人の自覚意識から失われてしまいました、ということが出来ます。日本語がどのように作られたか、が分からない世となりました。同時に政治といえば弱肉強食の権力闘争(言霊ウ)の場と、人々は考えるようになったのです。
 天与の人間の性能のうち残されたものは五官感覚による欲望活動(言霊ウ)と経験知の集まりである学問(言霊オ)と人間の感情に由来する宗教・芸術活動(現霊ア)の三つの次元だけとなります。この二千年の間、日本人は、また世界の人々は、この三つの次元だけが此の世に生きて行くために頼るべきものなのだと思いこんでしまっています。心の御柱が上部三尺だけが地表から上に出されていることで、右の事実を適確に示しているではありませんか。

2019年11月
« 10月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930