木階

 神宮正殿の正面についている木の階段について見ることにしましよう。その木階の数は内宮・外宮で相違があり、内宮は十段、外宮は十一段となっています。この段の数の相違は何を意味しているのでしょうか。言霊の原理から考えてみます。
 以前にも幾度かお話してきたことですが、人間の心は五十個の言霊から成立しています。この五十個の言霊を操作・運用して歴史創造の理想の精神構造を完成させました。するとその完成までの基本的な手順がまた丁度五十ありました。五十と五十で計百個の道理ということになります。人間の心は全てこの百の道理で把握することが出来ます。
 このことをもので表徴したのが神道で神前に供える上下二段紅白のお供え餅です。百の道理で百道(餅)というわけです。上の段が五十個の言霊を、下の段が五十の運用法を表示しています。百の道理で完成された人間の心の鏡(八咫鏡)を現わしますので、鏡餅と呼ばれます。
 この鏡餅を言霊で表わしますと、上部に天津太祝詞と呼ばれる五十音図、下部にその五十音図を上下の順を逆にして接続した百音図ができます。その図は縦十列、横十列の正方形となります。十の数は結びで完成を意味しています。
 さて階段とは英語でステップ、或る所まで到達する行程という意味があります。神宮正殿の八咫鏡を安置してある床上に行くまで、言い換えますと、八咫鏡である実践知の規範を完成するまで十段の音図の階段を登る必要がある、ということを表わしているのです。
 内宮の御祭神である天照大神は人間精神の完成された姿でありますから、それを示すために内宮木階は十段なのです。
 正月の十一日は鏡開きのお祝いです。正月元旦から十日まで十日間、床の間に飾った鏡餅を十一日に床の間より下げ、くずしてお汁粉に入れて食べるお祝いの行事です。十日の十は完成・結びを意味し鏡餅の数です。そして翌日の十一日の十一とは、十で完成された原理を次に活用して行きことを意味しています。
 外宮の御祭神である豊受姫神は食物を司る神様です。天照大神の食事といえば人間の精神的・物質的な営みの生産物一切のことを意味します。豊受姫神はその人間社会の成果を全て天照大神の鏡に照らし合わせて、その価値を決定する役目の神です。豊受姫神は十である完成された天照大神の原理を活用する役目です。
 内宮は原理であり、外宮はその原理を活用の働きです。内宮は鏡であり、外宮は鏡開きということが出来ます。この事を表現して外宮の木階は十一段なのであります。