西洋医学の歴史│近代.5

近代ヨーロッパの医学.5
 十八世紀には病理解剖が栄えます。パチスタ・モルガーニ(1682~1771)はこつこつと多数の人体解剖をおこない、生前の病状と照らし合わせて、大著『解剖所見による病気の所在と原因について』をまとめます。そして一挙に病理解剖学をうちたて、病気は臓器に宿っており、けっして血管内を流動しているのではないことを主張します。
 その後、フランスの病理学者グザヴィエ・ビシャ(1771から1802)は臓器を、もう少し細かく二一種類に区別し、疾病は組織にあるという説をたてます。十九世紀後半、ドイツの病理学者ルドルフ・ウィルヒョウ(1821~1902)は、さらに細かく分け、最小単位である細胞に病気の座をおきました。また、「すべての細胞は細胞より生ず」という生物学の鉄則をつくりました。
 以後、医学は、病気の座を最小単である細胞におき、組織標本をつくります。ウィルヒョウは『病的腫瘍論』を著し、悪性腫瘍は細胞を調べることによって判定できるし、「病理学の帝王」といわれます。
 その後、細菌学が起こり、多くの病気が細菌によって発生することが解明され、どんどん治療法も発展していきます。また、ビタミンやホルモンの発見があり、脚気や糖尿病の原因が解明されます。
 「ストレス」というのは、1936年にカナダの生化学者ハンス・セリエ(1907~1982)が使った。きわめて生物学的な概念で、動物を騒音、火傷、寒冷などにさらすと、ホルモンの分泌、副腎の肥大、胸腺・リンパ線の萎縮、胃・十二指腸の潰瘍といった変化を起こす、その原因である「ストレッサー」は違っても同じような生体の「ストレス」が生じることを強調し、これを人間にあてはめ、心因的なものを「ストレッサー」に置き換えて、それ以降「ストレス」という語が現代語になっています。
騒音や寒冷といったものが病気の原因になるという考え方ですから、現代の管理社会・競争社会が作り出した新しい病気といってよいでしょう。
 セリエは、高血圧症、腎硬化症、リューマチ性疾患、糖尿病、胃潰瘍などをこれに含めています。

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