大・小周天をどうとらえるか②

3.鍛錬方法は全面的に否定するべきではない
内丹術の中の大・小周天は、鍛錬方法についていえば、全面的に否定すべきものではない。なぜなら、功夫は鍛錬しうるものであり、練功実践を通じたものならば、研究し参考にする価値を持っているからである。
大・小周天の功法については、必ず実践を通じて検討し、そうすることによって取捨選択していかなければならない。この工法は手本通りにまねても完成させるのは難しい。

4.『世間禅』にみる記述について
蔣維喬は『世間禅』の中において、尾閭、夾脊の「両関がいったん通じると、百病は除かれる…八脈がことごとく通じるや、四方八方に通じて、全身の気血は運行して滞ることがなく、そうすれば疾病がおこりようがない」という考え方を述べている。
だが実際には、この方法をマスターするのは容易ではないし、またそのことと百病を除き、病がおこらないこととは正比例するものでもない。下手をすれば悪い結果を招きかねない。これについては「内気不正」を参照してほしい。

2020年12月
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