西野皓三│路上の手術②

路上で行われた心臓手術は…②
真冬の路上で前代未聞の心臓手術が始まりました。ショーン医師は、携帯していた医療器具の中から、まず、メスを抜き取りました。
ショーン医師は、のちにこう説明しています。
「その日は曇りで、昼間でも薄暗く、視界が悪かったんです。そこで思い切って患者の体の左右両側面までメスを入れ、中がよく見えるよう、通常の手術よりはるかに大きく胸を開きました」
次に使用したのは、細いワイヤーでした。肋骨にワイヤーを通し、ノコギリのように前後させて肋骨を切り離しました。ショーン医師は患者の心臓を一目見て、鼓動が停止していた原因を突き止めたのです。心臓を覆う膜に大量の血液が溜まり、心臓を押し潰すように圧迫していたのです。
ショーン医師が、その血の塊にハサミを入れると、血は勢いよく噴き出しました。そして彼は、心臓にあった長さ2センチほどの刺し傷を手際よく縫い合わせました。
さらに、ショーン医師は、脳に酸素を送り込むためにモフィドさんの心臓を両手で挟み、直接マッサージを施したのです。彼は、モフィドさんを担架に乗せる間も休むことなく心臓をマッサージし続けました。
隊員たちは、胸が開いた状態のままのモフィドさんを慎重にヘリに乗せ、病院へ急行したのです。しかし、病院に到着しても、モフィドさんの心臓はまだ自力で動いてはくれません。誰もが絶望感に打ちひしがれたその時、モフィドさんの心臓が鼓動し始めたのです。それは路上で彼の心臓が停止してから20分後のことでした。
モフィドさんは24日後に退院しました。奇跡的に彼は何の後遺症も残りませんでした。
ショーン医師はロンドンに来る前、南アフリカの暴動多発地区で勤務していたのです。その時、病院に運びきれない重症者を道端で治療していた経験があったのです。
社会的な存在として、人間はルール(人の作った仕組みや秩序)に従って行動します。
自己責任を問われるような事態に立ち至った時、ルールに従った行動を取れば、結果として失敗しても、咎められることはありません。ルールを無視した場合。大きな責任を負うことになります。
おそらくショーン医師のようなケースに遭遇したとき、多くの人はルールに従って対応しがちです。だが、ショーン医師はルールにこだわることなく、自己の直感的判断と経験知、そして勇気によって行動し、見事にモフィドさんを救いました。これらは、いずれも腸管内臓系と深く結びついた身体知です。このケースは身体知が頭脳知に勝利したケースだと言えましょう。

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