西野皓三│鼻呼吸と口呼吸②

鼻呼吸と口呼吸②
人間の「知性」の根本である情動が、嗅覚に支えられているということは、重要な事実です。
多くの優れた日本人論を著した評論家・山本七平氏は、第二次大戦当時、フィリピンのルソン島で戦われた方です。この戦場は悲惨な状況で、本土からの兵站線がことごとくアメリカ軍に遮断され、戦死者の九割近くが餓死だったと言われています。
その山本氏は「ルソン島で生き残るには、何よりも嗅覚が大事だった。食糧をジャングルの中で調達するためばかりはなく、敵兵の存在を知るにも嗅覚が最も頼りになった」と語っておられました。
「嗅覚が利かなくなる」ということは、有害なものを嗅ぎ分けられない、身の危険を察知することができないというだけではなく、状況判断ができなくなる、頭が働かなくなるということにも繋がるのです。
アレルギー性鼻炎や鼻風邪にかかって鼻が詰まるだけでも、頭がボーッとして判断力が鈍くなるものです。鼻が詰まると、知性の働きが阻害されるというこの事実は、知性における嗅覚の重要性を示しています。
現代人はその嗅覚をないがしろにした生き方をしています。
その典型が、口だけで息をしようとする「口呼吸」です。
生物学的に見ても、もともと人間は鼻から息を吸うように出来ています。ところが進化の過程で、人間は言葉を話すようになり、喉の構造が複雑になってしまったのです。発声の必要上、空気の通り道である気管と、食べ物の通り道である食道が合流・交叉することになり、口でも息をすることができるようになったのです。
人間以外のすべての動物は、気管と食道は別々になっています。人間だけが言葉を獲得した結果、口を気道として使い、口呼吸をすることが可能になったのです。
人間とチンパンジーなどの類人猿は、非常に似た体をしていますが、唯一、喉の構造に違いがあります。チンパンジーはある程度、言葉を覚えることができますが、その言葉を発生することはできません。それは口呼吸ができないためです。
喉の構造変化は、人間に言葉をもたらしたが、それと同時に人間に本来の鼻呼吸を忘れさせ、口呼吸を助長し、多くの弊害を生むことになってしまったのです。

2024年4月
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