西野皓三│本能とは低次元か②

本能とは低次元のものなのか②
人間の歴史や文化を眺めてみれば「性への関心は、情欲そもものだから下等だ」などと単純には言えないことがよく分かります。
フロイトを持ち出すまでもなく、ほとんど芸術家や文化は、直接・間接を問わず異性への思い(願望)から誘発された、さまざまな人間の自己表現だと見なすことができるほどです。
本能が強いということは、あらゆる意味でそれだけ動物(人間)の能力を発揮しやすいということに他なりません。
ここで「本能」というものに対する偏見を正しくおく必要があります。本能を誤解する最大の点は、本能を知性や理性の対照にある。非知的で非理性的な情欲と捉えることです。
一般に思われがちな「本能」イコール「粗野で野蛮な低次元の欲情(感情・欲望)」という定式は、明らかに誤解に基づいたものです。
その原因の一つは、アリストテレス以来、中世キリスト教学を経て、長い間、人間が自分たちのことを「他の動物と違う、精神的理性的な存在である」と見なしてきたことにあるでしょう。「理性こそが人間の本質である」という固定概念が長く力を持ってきたのです。
もう一つは、これまで遺伝子をはじめとした生命科学的な知識が不足していたために、高等動物の生命現象全体を充分に理解できなかったことでしょう。
本能とは、その動物のすべての生命現象を成り立たせる根源であり、その原動力である生命エネルギーと不可分なすべての能力のことを指すのです。

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