西野皓三│嗅覚とテューモス①

嗅覚とテューモスの関係とは①
前述のフクヤマ氏はテューモスのことを、すなわちスピリティッドネス(spiritedess)だと言っていますが、これは実に示唆深い表現です。
スピリティッドネスとは、「活気のある」という意味の形容詞スピリティッド(spirited)の名詞形であり、英語のスピリット(spirit)から派生した言語です。
この英語の「スピリット」(魂)に相当するギリシア語は、プシュケ(Psyche)です。
プシュケは、しばしば「魂」と訳されますが、もともとは「呼吸」という意味をも表わす言葉でした。
ギリシア人は、呼吸の中に魂の本質があると考えたのです。スピリットもプシュケも、生命エネルギーとしての“気”を意味します。
「魂」というと、現代人はそこに精神性を求めますが、ギリシアにおいてはプシュケとは身体(肉体)そのものと分離できない存在だったのです。
テューモスもまた、身体と深く結び付いた言葉です。そのことは、この言葉の語源にもよく現れています。
thym_を語源とする言葉は「匂い」や「香気」「気」に関連した意味を持ち、呼吸や嗅覚といった根源的な身体感覚と切っても切れない関係にあるのです。
テューモスと同語源の単語にタイム(thyme)があります。タイムはソース、シチュー、スープやハム、ソーセージなどに入れる香辛料として知られていますが、もともと、ジャコウソウという地中海沿岸地方原産のシソ科の多年草植物のことを指します。
言い伝えによると、タイムは軍神マースと愛の女神ヴィーナスに献じられる神聖な植物で“力”“活力”の象徴とされました。古くは出陣する騎士に夫人がタイムの小枝をお守りとして渡したと言われています。また、聖アグネス・イヴ(1月21日の前夜)には、若い娘が将来の夫を見つける時のお守りとして使われました。タイムは妖精とも関係があり、死者の霊がその花に住むと言われています。