古歩道│医原病認めないのは②

医原病を認めないのは交通事故を認めないのと同じ②
本書で何度も何度も今のシステムがおかしい、医原病を認めないのは狂っていると指摘しているのは、交通事故死を「事故死」と認めないぐらいヘンだと思っているからだ。
おかしい、だけで済む話ではない。それが医療を腐らせ、医師を腐敗堕落させていることが最大の問題なのだ。
もしドライバーが、現在の「医師」と同様の権利を与えられたら、そう考えれば、簡単に理解できる。
運転手は落ち度、過失がなく法規に則って運転しているかぎり、決して法に問われることはない。警察や第三者機関などで事故原因が究明されることもなく、報道や公的資料で扱うときは「交通事故」ではなく直接の死因「圧死」「失血死」で記載される。
これでドライバーが腐敗堕落しない、と考えるほうがおかしい。
たとえ子供が道路に飛び出してきたとしても法律を守っているかぎり罪には一切、問われないのだ。ブレーキを踏むどころかハンドル操作をして避けようとさえしなくなるだろう。
時間帯によっては通学路となる路地で、「制限速度を守っている」と、法定速度いっぱいまでスピードを出すだろうか。普通は、危険を考慮して注意深く運転する。法定速度内でも事故を起こせば「前方不注意」に問われるからだ。それがまったくお咎めなしだったら、平然と飛ばす鬼畜な輩が出ないと、誰が言い切ることができるだろう。殺人の快楽に目覚める殺人ドライバーが出てこないと、誰が証明できるというのか。
その結果、最初はまっとうなドライバーでも、気がつけば道路で立ち往生している老人や幼児に対して「道路で立ち往生するほうが悪い」と、平気な顔をしてアクセルを踏むドライバーになってしまいかねない。
確かに道路では「法律」は守られている。だが、そんな道路に近寄れるだろうか。横断歩道を渡ることすら危険がつきまとう。文字通り「命がけ」となる。
そんな道路を「法律は守られているのだから安全です」とか、「あまり文句をいうと物流が滞る、多少のことは目を瞑るべきだよ」、「車で死ぬ人はほとんどいません。死因はあくまでも圧死や失血死です。車はとても安全な乗り物なのです」そう言っている人がいたら、あなたはどう思うか。普通に「頭がオカシイのか」と思うだろう。
繰り返す。そんな狂った世界が今の「現代医療」なのである。