医療ギルドのピラミッド構造①
さて、最初の疑問に戻ろう。どうして明治政府は、蘭医学をベースに西洋医学を導入しなかったのか?
答えは簡単だ。そんな権限、もとより日本にはなかったのである。いくらオランダ医学に学びたいと要望を出そうが、「医療ギルド」が認めないかぎり不可能なのだ。
蘭医学は、あくまで鎖国状態だった日本が文献をベースに導入してきた。あとはオランダ船の船医にお金を払って個人レッスンを受ける程度で、医療ギルドの支配下にはなかった。ゆえに蘭方医が、いくら高度な西洋医学を学び、レベルの高い医術を持っていようが、医療ギルドの扱いは日本式医学と同じ、もっといえば「異端医療」となる。医療ギルドからすれば許しがたい異教徒であって排除すべき対象となる。それをベースにしたいなど、夢のまた夢、寝言は寝て言え、聞く耳すらもってもらえなかったはずだ。
実際、日本政府が正式に西洋医学を本格導入する過程で、蘭方という「異端医学」は徹底的に解体された。全国には数多くの優れた蘭医学塾があったのに医学部へと昇格することすら許されなかったぐらいだ。当然、日本独自の徒弟制度による教育システムも許されず、医療ギルドが決定した方式で「医師資格」と「医学教育」を導入した。それだけでなく、江戸の医療を支えてきた漢方医、整体師、鍼灸、あん摩は、すべて西洋医学より格下、いや、奴隷であって、正規の医療ではないと位置付けた。