言霊百神|開闢(中今の意義)⑨

国稚く浮脂の如くして
渾沌が僅かに剖かれ初めて、未だ現象を発せざる、実在、実体だけの母音、半母音の世界のことである。アイウエオを少名彦神と云う。少は稚(若)、名は言葉と云う意味で、若い言葉と云うことである。アイウエオは大自然の音すなわち梵音であり、「アワアワ」とのみ云う嬰児の幼稚な言葉である。
浮脂は水上に浮かぶ脂の如く、キラキラと光彩を顕わしてはいるが、未だ浮遊していて定かには捕えられない状態。この浮脂がやがて後述するキシチニヒミイリの八父韻である。

水母(くらげ)なす漂へる時に
「くらげ」は暗げの咒示である。渾沌の有様。「山の端をいづる影こそさやけけれ海なる月のくらげなるかな」とある。この月は仏教の真如の月である。山と海は山幸彦と海幸彦で、「言霊百神」の意義を学んで行くと、最後にこの古歌の真義が釈ける。