言霊百神│布斗麻邇の所在②

更にこの下座を形而下の社会的位置の事としてのみ考えず、形而上の事と受け取る時、人間の魂が拠るべき最も低(卑)い根底の位置と云うことである。仏教で「地獄」と云われるのは此の最も低い地位境涯のことである。無自覚に此の境に住すれば限りなき苦界であり、自覚を以て此処に居れば大磐石(磐根)である。古来すべての宗教者はこの下座を求めて、下座に住した。下座すなわち地獄を最もよく知っていた仏教者は親鸞であったと云えよう。「いづれの行もお(を)よびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじゃう)すみかぞし。」(『歎異抄』「第二条」)と述懐している如く、彼は形而下のこの地獄の底に安住した人である。
国之常立神の形である は仏教では地獄の象形である。この象形がすなわち下津磐根の最も簡単な形である。然らば実践の上からこの地(獄)を一体何処に発見するかと云うと、禅では「脚下照顧」と云うが、それは空間的には脚下眼前にある。そして時間的には今にある。すなわち『日本書紀』の所謂「中今」に存するのであって、深海の底のように「ヂン」と澄んで落ち付いたその中今の根底に、その中今の中枢として布斗麻邇が存する。

 

 

2021年8月
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