言霊百神│布斗麻邇の所在④

布斗麻邇の根源は先天「天津神諸の命」であるイ言霊であり、イヒチシキミイニヰである。それは色相現象が未だ生まれて来ない玄の世界であり、「我が生める国、ただ狭(朝)霧のみありて、香(薫)り満てるかも(な)(『日本書紀』)と云われる未発の世界である。この世界を儒教では「中」(『中庸』)と云う。また色相現象が発現してからでも、未だなおアオウエの四智すなわち情的、或いは知的な鑑照、判断、整理、処置の操作が加わらず、善悪、美醜、得失が現れないところの、味も塩気(そつけ)もない、有りのまま、生地のままの「没慈味(もつじみ)」な境界が布斗麻邇の世界である。
例を以て説こう。芭蕉はこの世界を把(とら)えて「古池や蛙飛び込む」と云った。俳諧以前の世界である。それはまた「青葉若葉の日の光」であって、そのものそのままである。この時この実相現象が感情を捕え、若しくは感情がこれに応じて活動して、上に五字が加わると、「あらたふと青葉若葉の日の光」となり、ここで初めて芸術としての俳句となる。こうした始原の色気抜きの世界を禅ではまた「庭前の栢樹子」「麻三斤(まさんぎん)」と云い「柳は緑、花は紅」と云う。禅の公案の中には仏の色身としての有りのままの斯うした没慈味の境を指示したものが多い。

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