言霊百神│種智⑰

この五十音図はアカサタナハマヤラワの十音の配列でできているから十理(鳥)と云う。五十音hs霊魂を載せて運ぶ道具であって、それは船の如く走り、鳥の如く空中を飛んで行くから鳥船と云う。また五十音図は方形の図であるからキリスト教では「ノアの方舟(はこぶね)」などとも云う。仏教の奥義は言霊摩尼であって、彼岸の涅槃に渡す弘誓の船であるからこれを大乗(大船)と云う。「淡路島通う千鳥の」と云うそのア(吾)とワ(我・汝)の間を往復循環する便りである。
言霊ナはすなわち名である。大いに戸惑った揚句、霊を運んで来た言葉の鳥船がいよいよ彼岸に到着して、初めの言霊を発し言う操作から、それを聞き了解する操作に渡って行く往還としての一循環すなわち一念が成就する。
そして此処で初めて言と霊とが正しく完全に結び付いて、霊であり音であり、父であり母であり、その両方の内容を兼ね具(そな)えた第三の子としての言霊(子音)となるのである。これがすなわち老子の云う「道の道とすべき」万象の正しい名であり、真奈(真言)であり、『聖書』の所謂「神の口より出づる言葉」としてのManaである。耳から入った言霊を頭脳が聞召(きこしめ)して「成程」と納得する。程(陰、女陰)が熟なとき子が生まれる。肉体であり言葉(音)である伊邪那美神が、霊であり気である伊邪那岐と正しく結び付いて御子神が生まれるのである。