言霊百神│種智㉑

さて、三十二子音の創生に就いて説いたところはまことに他愛のない語呂合わせの様な解釈のように見えようが、『古事記』の記事は咒文であるから明確には解し得ない。『古事記』をコジツケと読むことも出来る。道理が貫かれるならばその解釈はコジツケでも差支えないわけである。釈き方は大凡この程度でも事足りるだろう。大切な事は釈き方の巧拙の如何にあるのではなくして、その内容である言霊を各自が自覚して頂くことである。この意味で原文の咒文と同じくその解釈もまた指月の指であるに過ぎない。