言霊百神│黄泉国①

伊邪那岐は気、心、精神、主観、主体、能動体であり伊邪那美は身、体、物体、客観、客体、受動体である。この両つが結ばれて実相の自覚態すなわちその実体として言霊麻邇が生じ、先天と合わせて五十の麻邇が一通り整理された時、その麻邇の構造の上に道理が明らかにされた所まで創造は進んだ。その初めの麻邇の生成は主客の交流活動によるものだが、その後の麻邇の整理とその内容の自覚は主体側精神の側に於てのみ為される仕事であって、客体側物体の側はこの事に預からない。それは客体側には生命の自覚がないためである。ここに妻神の伊邪那美命は麻邇を生んだ後「神避(さ)り」と云う形で夫神の伊邪那岐命と離別して自己独特の持ち場である客体客観の世界へ去って行った。その世界を黄泉国と云う。