言霊百神│黄泉国④

然しそうかと云って黄泉国にはそれ自体でまた重大な文化的意義がある。実はすべてのの人類の文化は元来黄泉国で発生したものである。人間の言語にしても合理化されない以前の不完全なものならば既に早くから世界に行なわれていたわけであるが、歴史的発生的に云うならばその言語と人間の霊性知性の内容の活動を岐美二神の婚い、すなわち〆縄の方法を以て「裏合へ(占会)まかなはして」霊性の完全な表現、すなわち神即言葉である言語として完成したものがすなわち布斗麻邇である。
『古事記』はこの言霊生成の経緯を歴史的な記録としてでなく原理的な順序として、先天の内容から明らかにして、神話的な手法を以て表現してあるのである。『古事記』「神代巻」は歴史を説いているのではなくして「中今」と云われる恒常の現在の生成と運行を説いている。その恒常の現在の理解の上から歴史を顧みる時、初めて歴史が一貫した道理となって現前するのである。然し逆に経験の堆積としての歴史認識からは恒常の「中今」に存する生命の言葉の道の把握は不可能である。歴史だけを研究しても日本の真義は捕めない。