言霊百神│黄泉国㉒

『古事記』「神代巻」は歴史ではなくして、原理の神話的記述であって、「今」のことを説いている。常に今の事を説いているのであるから、この故にこれを一面預言と見ることも出来る。高天原の国は原理としての日本国体であり、伊邪那岐命は高天原の日本人である時、この黄泉醜女と黄泉軍の反撃襲来は現在日本が当面している事実であり、歴史的には特に明治維新以来、引き続き日本と四方津国との間に起こりつつある事態である。
此の事の歴史的開明の詳細は他の冊子に譲るが(『ユダヤ民族の世界経営』『第三文明への通路』参照)、千五百の黄泉軍の実体は『聖書』の云う「万軍のエホバ」に当る。この事は伊邪那美命、須佐之男命、大国主命、そして預言者モーゼと云う一連の歴史的な思想系列の発展を顧みる時、その然ることが了解される。エホバは権力者である。云わばスペードのエースであって、エホバと戦う者、すなわちその民族と戦う者は必ず敗れると云う『聖書』の預言は神律であり真理である。嘗ての「大日本帝国」もこれと武力戦争を交えて、当然の結果として惨憺たる敗北を喫した。然もその後の思想と経済の追撃に対して上下挙って自主性、主体性を失った日本人は徒(いたず)らに右往左往逃げ廻っているだけの状態である。或る者は既に自意識の完全な喪失者となって彼等の虜となり眷族走狗となってしまった。